絵と言葉と

生きることはアートだ。生きるを笑おう、生きるを遊べ!

空と君のあいだに

「いくつもの叡智があるから大丈夫。」

歩いていたら、心にふとそんな言葉が浮かんだ。

そうか!私はひとりぼっちなんかじゃなく、私に連なる大いなる叡智と共にあるんだ。だとすれば本当に心強い。
 
 
先日、テレビを観ていたら、中島みゆきの「空と君のあいだに」をAIがカバーしていた。

この曲は好きで、今まで何度も聞いたり、口ずさんだりしている。

🎶君がすさんだ瞳で強がるのがとても痛い🎶

そのフレーズにハッとした。

夫が私に対して“今”感じていることだと分かった。

それと同時に、生前に交わしたある会話を思い出し、メッセージが余りにも的を得過ぎていて思わず笑った。

靄がかかっていた心に光が差し晴れていく。

歌そのものが、今の私へのエールだった。
 
 
昨年末、それまで目を逸らしてきた様々なことが露わになり、自分の弱さに直面した。

孤独感が強まり、もうこんなことで泣きたくない。自分を大切にしようと心に誓った。

そして、ここから十年を健やかに生きていくために、自分らしさとは何か、苦しめている思い癖や暮らしなどを見直していった。
 
 
今日、散歩中に大いなるものとの繋がりを感じたり、歌に励まされたりして

目に見えないものとのコミュニケーションは、こうしたカタチでやってくるのだと改めて認識した。

🎶ここにいるよ 愛はまだ
ここにいるよ いつまでも🎶

いつだって私たちに語りかけているんだね。

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スカーレット 心に炎を抱くもの

驚いた!何に驚いたって、NHK連続テレビ小説『スカーレット』の今朝のシーン。

ネタバレになります(しかも長文、録画を見ながら思わず書いた)
 
 
「うち、子どもの頃はお父ちゃんに断り入れてた。やりたいことあったら、きちんと話してお願いしますう言うてきた。

結婚してからはハチさんに。やりたいことあったらお願いします言うてきた。

そうやって、ずーっと生きてきた。子どもの頃からずっとや。」

「それが必要なかってん。」
 
節約するために、穴窯に必要な薪を山で拾いながら吹いてきた冬の風に

「ああ気持ちええな・・・。一人もええなあ・・・。」

やりたいことをやるのに断りなど必要ない心地よさに貴美子は気づいてしまう。
 
 
スカーレットは、戸田恵梨香演じる貴美子が、男性ばかりだった陶芸の世界で女性陶芸家の第一人者となる物語。

陶芸家の夫を立てて支えて来た貴美子だったが、自分の作品を作ることに没頭し、電気釜ではなく穴窯で薪を使って焼き上げることに夢中になる。

穴窯というのは、途方もなくお金がかかるらしく、最初は応援してくれていた陶芸家で夫の八郎も、2度の失敗に、穴窯をやめるように説得する。

貴美子は納得がいかず、意見のすれ違いから八郎は息子を連れて家を出てしまう。

心配と怒りで説得に来た幼馴染の友人に、貴美子は自分の胸の内をそう明かしたのだ。
 
 
貴美子のつぶやきは、私がずっと感じていたことと重なる。

自分がやりたいことをするのに誰の許可もいらない。相談は必要だけれど・・・

子どもだから、女性だからと、自分より大きく力のあるものに押さえつけられ、理不尽な思いをしてきた人はきっと多い。

それが、当たり前のように染み付き、本人すら気づけない自分を縛る縄になっている。

誰かに許しをもらい、認めてもらうために頑張る。

その相手が親から夫になったり、世間になったりするだけだ。

それに気づき、そこから抜け出そうとするのは相当大変なことなのだと思う。

私はこの気づきを人に話すことはあまりない。それぞれの家庭の事情もあるし、理解をあまり得られそうにないから。

だから、こんなドラマのやりとりがNHKで、しかも主婦が多く見ているであろう朝ドラで繰り広げられたことにとても驚いたのだ。
 
 
「目ぇ覚ませ!目ぇ覚ましてくれ!!」と何度も友人が貴美子に強い口調で語りかける。

夫を立てて頭を下げ、離婚するようなことにならないようにと心配する友人の気持ちはよく分かる。

だけれど、目を覚ましてしまったから、こうなってしまったんじゃないかと思わず言いたくなるのも脚本家の狙い通りか・・・。
 
 
このドラマは、貴美子と八郎が心惹かれていく様子に胸キュンしてしまい、途中から見始めた。

八郎沼と話題になる程、八郎と貴美子のやりとりにキュン死した女性が多いのだ。

でも最近、見るのが辛くなってきた。

心に炎を抱えた主人公が成長していく物語は、少女漫画チックな胸キュンとの同居は難しいのだろうか・・・

実在のモデルがいるこのドラマは更なる波乱がありそうで、物語と知りつつもまんまと胸を騒がされている。

つつんで、ひらいて

〈映画〉つつんで、ひらいて 
広瀬奈々子監督作品

1万5000冊以上もの書籍の装幀を手がけた装幀者菊地信義さんと「紙の本」をつくる人たちのドキュメンタリー

Facebookでこの映画を偶然知り、公開最終日に渋谷のシアター・イメージフォーラムに行ってきた。

映画が始まり、まず驚いたのが菊地さんの作業のほとんどが手作業で進められていたこと。

タイトルを印刷した紙を丸めて、くしゃくしゃにして文字に表情を出す。

定規ですっと線を引く、切った文字を一文字ずつ並べて貼っていく。

拡大したり、文字の配置を試行錯誤し、使用する紙の質感や透け具合、色や帯など

その本にふさわしい必然が生まれるまで、何度も作業が繰り返される。

その手の動きはリズミカルでとても美しい。

この映画のポスターやパンフレットに「言葉を五感へとどける紙の本。」とある。

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本にまつわる背景も大きく変わっているのだろう。私も本を本屋ではなくインターネットで購入したり、電子書籍もよく買う。

電子書籍と紙の本との違いはやはりその質感だろう。本を持った感触や重さ、匂い。

本屋でなければ絶対に出会わなかった本もある。本の装幀や帯の言葉、その佇まいに思わず手に取る。

本に対して、「出会い」や「佇まい」という言葉を使うのは、やはり本が人格や世界観を持った独特な媒体だからだろう。

まだ知らない世界が無限に広がっていくようで、私は本屋に行くとワクワクする。

これだけ多くの本を装幀しているのだから、私の家にも菊地さんが装幀された本があるかもしれないと思い、本棚を眺める。

気配を感じ、手に取った池田晶子著「考える日々」を開いてみると、やはり 装幀 菊地信義 とあった。

日常の言葉で綴られた池田晶子の哲学エッセイは、30代前半の苦しかった頃に、新しいものの見方や生きる希望を与えてくれた。

このドキュメンタリーで、本が出来上がっていく工程を知って、紙の本をより一層愛おしく感じる。

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菊地さんは装幀の仕事を「こさえる」と表現していた。お母さんが子供にご飯をこさえるように「こさえる」とは誰かの為であると。

「こさえること」に魅せられた「ものづくり」の現場の人たち。

私もものづくりに魅せられた一人として、心を揺さぶられるシーンや言葉がたくさんあった。

自分のしてきたことを模倣せず、進み続けるのは本当に厳しいことだろう。

菊地さんのものづくりの姿勢、人との関わり、生活や骨董を愉しまれている様子・・・

本が出来上がっていく工場の作業風景もとても面白くて、素晴らしいドキュメンタリー映画だった。

この映画のパンフレットも、とても素敵なのだ。

ゆっくりと時間をかけて五感で楽しもう。

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渋谷は上映終了ですが、吉祥寺(2/7〜)埼玉(公開中)や神奈川(時期未定)の公開もあるようです。気になった方は映画「つつんで、ひらいて」公式サイトをチェックしてくださいね。

#映画 #つつんでひらいて #広瀬奈々子監督

Happy New Year 2020

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明けましておめでとうございます!

心穏やかな新年を迎えました

『私らしい幸せ』

今年は、そこにフォーカスしていこうと思います!

幸せは人それぞれ、答えは自分の内側にしかない

なのに、つい人と比べて羨ましくなったり落ち込んだり

満足いかない日々に、こんなものさと諦めたふりをしたり...

自分に嘘をつく事は、うっすらと自分を傷つけ

本来の自分らしさを曇らせていく

もう一度、心の声に素直に正直になって

私らしい幸せに向かって

貪欲に進んでいこうと思います!!!

好きなことを仕事にするのはもちろん

日常をもっと楽しんでいこう

最近、ハンドブレンダーを手に入れてお料理が楽しい🎶

ポタージュを作ったりマヨネーズを作ったり

ザワークラウトや甘酒、ヨーグルトも手作りしたり

大好きな歌を歌う機会も作りたいな〜

素晴らしい一年になりますように

今年も、どうぞ宜しくお願いします!!!

 

お問い合わせ

メール mami.oceanlily@gmail.com 

情熱のルビー

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ルビーのボタンビーズでネックレスとブレスレットを作成!

カットが美しく色が濃い良質な石を選び、奮発してワイヤーもパーツも18Kゴールドで組んだ。

ネックレスはアジャスター部分を前にしてY字に、ブレスとつないでロングでも楽しめる。

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天然ターコイズとルビーのピアスもお揃いで。

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情熱の真っ赤なルビーを身にまとい、心の炎を燃やし続けよう!!!

 

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私の生はまだきっと終わらない

「人に多くを望み過ぎちゃいけないよ。」

生前、夫に言われた言葉だ。


何度も循環器系の手術を繰り返す夫の定期的な診察に、私はいつも付き添っていた。

主治医の夫に対する言葉が、人を人と思わないような態度に思えて、私は声を荒げて言い返してしまったことがある。

入院中も同じように、医師に対して時折、不信感の様なものが態度から滲み出ていたと思う。

その度に夫にたしなめられた。

もちろん夫だって、そんな態度に不満を持っていなかったわけではないだろう。


ある時、夫が自分の気持ちを話してくれた。

先生だって、志や思うところがあって医師になったのだろう。

医者が人格者であって欲しいと思うのは、患者としたら当然なのかも知れない。

けれど、それを求めるのは酷だよ。人に多くを求め過ぎちゃいけないと。

通っていた病院は、その病気のオペの件数が多く技術は高いと言われていて、先生はいつも忙しそうだった。


私はその言葉の意味するところを理解出来ていなかったと思う。

互いに未熟であればこそ、正直に気持ちをぶつけあうのも致し方ないことのように思えた。

実際、診察で言い返してしまった後から、先生の態度は少し変わったように思えたし、今でも私のしたことを悪いとは思っていない。


仮に、医療ミスがあったとしても、それさえ運命と受け入れてしまう様な(私もそうであるけれど)争いを好まない人だった。

職場の人から、「そんなに良い人だと早死にするよ。」と言われたらしい。

「そんなに良い人じゃないよね。」と夫と二人で笑いあったが、本当に早死にしてしまったな。

二十代に大きな手術をして、色々なことを諦めてきたのだろう。結婚してから、先天的な病気だったと分かった。

その後も手術を繰り返し、諦めと希望を行ったり来たり、もがき苦しみながら生まれた優しさなのかも知れない。


今日、そんな事を何故か思い出し、胸に込み上げてくるものがあった。

公園の芝生の上、楽しそうに遊ぶ親子連れを見ながら涙があふれた。

そうなんだ、みんな未熟なのだ。未熟だけれど、それぞれの場所で懸命に生きている。

私自身が未熟であるように、私の父と母も未熟であった。

親という立場、先生と言う立場、理想を求め人に多くを求めてしまうけれど...

誰も彼もが、きっと思い悩んだりしながらも懸命に今日を生きている。

あの時に分からなかったことが、時間を超えて胸に迫ってくる。

言葉にならない。本当のところは何も分かっていないのかも知れない。けれど涙となって心に染みわたってくる。

いろいろなことを知るために、いろいろなことを体験するために、私の生はまだきっと終わらない。

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この文章は2018年11月、Facebookに投稿したものに加筆・修正したものです。

 

作品タイトル 「 光 」

作品サイズ 約53×37cm

使用画材 パステル、墨

 

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