絵と言葉と

生きることはアートだ。生きるを笑おう、生きるを遊べ!

素晴らしい時代

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自分で言うのも何だけど可愛い!

 

プロフィール用に撮った写真ではない。描きかけの絵のことだ(笑)

 

描いた絵を生地にプリントしてくれる会社を見つけたので、個展用に絵と名前を入れたフラッグを作ることに。

 

この絵も完成したらプリントしてバッグを作ったら絶対に可愛い🎶

 

スカートもいいな〜想像するだけで楽しい。

 

何をやりたいのか、とっ散らかりそうだけど、ものづくりが大好きなのだ。

 

私の祖父と父、父の兄は着物に手描きで絵を施す職人だった。

 

2歳くらいの時に廃業して記憶にはないけれど、私に中に流れる「何か」があるのだろう。

 

母は洋裁師で私が高校まで、ずっとパートで家計を支えていた。

 

二人とも中卒で、私も都立高校しか出ていない。

 

貧乏だったけど、近所のお絵かき教室に幼稚園から小学校4年生まで通わせてくれた。

 

絵を描くのも、端切れで何かを作るのも子どもの頃からの遊びだ。

 

今は学歴など関係なしに、好きなことが出来る時代になった。

 

調べれば、色んなサービスがあって、小ロットから物が作れる。

 

こうして、自分の絵や文章をWEBで発表して、人と交流が出来るなんて、私が子供の頃じゃ考えられなかったよ。

 

やりたいことを叶えられる、素晴らしい時代になったんだね!

 

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過去への扉

私は過去への扉を閉めることにした

 

これからの人生に、もう必要ないと思うからだ

 

それは過去を捨てることではないし、出逢った人たちへの感謝を忘れることではない

 

ひとつの区切りを付ける為に、何度も書こうか迷ったことを今吐き出そうと思う

 

 

子どもの頃、私は見ず知らずの男性に後を付けられ、殺されかけた事がある

 

この出来事は私の人生に、ずっと暗い影を落とし続けた

 

ちょうど同じ頃、学校の先生からも友達にも嫌われ

 

物を隠されたり、死ねと電話がかかって来たりしていた

 

私は人を信頼する、自分を信頼するという事がよく分からなかった

 

神様に見放されていると思った

 

家も落ち着ける場所では無かったし、経済的な理由から、好きな分野に進学する余裕も無かった

 

大人になっても、生きることの苦しさから、子どもを持たない人生を選択した

 

 

それでも私は、悲しく苦しい出来事を嘆き悲しむより、力に変えようと懸命に生きて来た

 

それは十一年共に暮らした、最愛の夫が亡くなっても、変わらずそう思って生きて来た

 

死に憧れる気持ちが、癖の様に張り付いていたけれど

 

それでも生きてこれたのは、可哀想と思われるのが悔しいという意地のようなものや

 

苦しさを反転させるほどの、光を見たいという思いがあったからかもしれない

 

悲しさや苦しさを経て、今の私がある

 

だから必要以上に、私は過去を大切にしているところがある

 

心優しい人たちに囲まれ、光の当たる場所に居ても、居心地の悪さや罪悪感を感じていた

 

優しさや愛をどう受け取っていいか分からなかった

 

でも、それはもう要らない感情だ

 

閉めた扉から、悲しみがあふれ出そうとも

 

私はもう自らの手で、その扉を開けることはしない

 

過去を基準に今を捉えることも、苦しさを理由に隠れることもしない

 

 

今という一瞬をただ生きる

 

魂の望む喜び溢れる生き方をする

 

それは希望や祈りではない

 

自らに約束する誓いだ

 

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この文章は2017年7月、Facebookに投稿したものに加筆・修正したものです。

 

作品タイトル 「私という名の薔薇」

作品サイズ 約23×16cm

使用画材 パステル、墨

2017.05.09

 

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たとえ役に立たなくとも

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昨日、ごはんを食べながら号泣してしまった。

 

しかも一緒に行った人の行きつけの居酒屋のカウンターで(汗)

 

明るい店のなか、雰囲気は完全に別れ話ですか...みたいな(笑)

 

言葉が出てこず、涙が止まらなくなった私を、隣に座る心優しい人は、今までよく頑張ったねと、ずっと背中をさすってくれた。

 

今までだったら人前で泣くなんて、めちゃめちゃカッコ悪くて、ダサくて出せなかった自分。

 

 

この一年で出逢った人たちは、私の中にたくさんの素敵なところがあることを教えてくれた。

 

理屈っぽく面倒くさい私を「麻美ちゃん劇場」ウケる〜と笑って面白がってくれた。

 

幼い頃のトラウマに苦しむ私に「麻美は何にも悪くないよ」と心の重荷を降ろさせてくれた。

 

溢れる言葉や情熱に、私はエネルギーの塊なのだと、内なる強さを教えてくれた。

 

気に病むほどの神経質さも、その繊細さがあればこそ、ああいう絵が描けるんだよと言ってくれた。

 

私に何か才能があろうが、役に立たなかろうが関係なしに、目の前のそのままの私を好きだと言ってくれた人たち。

 

悩み葛藤する私を信頼し、どんな答えを出そうとも応援しようと見守ってくれた人たち。

 

欲を満たすように、浴びるほどの愛をもらったら、私は少しずつ自分を受け入れられるようになった。

 

たぶん泣いたのは、駄々をこねるように子どもっぽく、愛を信じられなかった頑なな心に、ちゃんと愛が届いたからだと思う。

 

 

この文章は2017年6月、Facebookに投稿したものに加筆・修正したものです。

 

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生命のサークル

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空と海がまじるところ

 

美しく光るあのあたり

 

何かがあるような気がして

 

心はすっと惹かれていく

 

 

死は特別なことではない

 

水がかたちを変え循環するさまに

 

繰り返す魂のサークルを思う

 

 

先に逝った大切な人も

 

きっと水の一滴なのだ

 

私もかつては姿を変え

 

幾度も今ここではないどこかで

 

エネルギーのひとつであっただろう

 

 

生きているって不思議だ

 

生きるって面白いね

 

だんだん記憶が薄れていくよ

 

きっとそれを喜んでいるね

 

自分を愛するということは

 

あなたを愛するということ

 

なんだかそんな気がしてきたよ

 

元気にやっているよ

 

きっとまた逢えるよね

 

たくさんの愛をありがとう

 

 

この文章は2017年6月、Facebookに投稿したものに加筆・修正したものです。

 

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個展のお知らせ 2018年9月

銀座のギャラリーで個展をやります!

 

Galerie lã ギャルリー ラー(銀座一丁目駅すぐ)
2018年9月17日(月・祝)~23日(日)

初日の夕方からは、大好きなミュージシャン、KURI(Katsu&Miho)によるオープニングライブもあります。

・詳細は決まり次第、追ってお知らせ致します。

ギャラリーの入っている奥野ビルは80年前に建てられ、民間の住居としては初めて設置されたエレベーターは、手動式で今も現役。

随所にこだわり抜かれたデザイン、継ぐ人たちによって守られ、新しい風によって変わり続けて来た、歴史ある美しい建物です。

そんな場所で絵や音楽、人びとが集い、どんなことが繰り広げられるのか、とても楽しみにしています。


そして今日は誕生日!43歳になりました。

私は少し前まで、生きることが苦しくて仕方がなかった。

人との出逢いや、様々な経験によって明るく笑えるようになった今でも、少しバランスを崩すと過去の出来事を言い訳に逃げ込む癖がある。

新しいことを始める時は、挑むような気持ちになり、もっと軽やかに生きられたらいいのにと自分でも呆れる。

でも人は、今までの出来事によって形成されていると同時に、過去にどんなことがあったとしても、「今ここ」においては、何を選択するも自分次第で、見える景色を変えることが出来る。

どんどん、未知なる出来事に遭遇して、変わり続けよう。そして、それを面白がろう。

やりたいように自由に生きられる時代が来たことを私は私自身に証明しようと思います。

 

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